彼にあの人の話をしなくなったのは、いつからだったんだろう・・・
そもそも、話をしないんじゃなくて秘密にするようになったのは、いつからだったんだろう・・・
私に、後ろめたい気持ちが生まれたのはいつからだったんだろう・・・
彼との会話が減ったのはいつから・・・???
誓い ep.2

「ねぇ、恭ちゃん。この間のパーティー恭ちゃん来れなかったし、もぅ一度日を改めてやらない?」
「別にいいよ。皆忙しいんだろ?」
「でもさ。皆も久々に恭ちゃんに会いたがってるし。せっかくだから、ね?」
専門学校とシェフ修行の二足のわらじがなくなって、
今はシェフ一本になった恭ちゃんだけど、
逆に今の方が仕事が忙しく、ほぼ毎日出勤しては帰ってくるのは夜中の12時を過ぎていた。
今までは、学生ということもあって優遇されていたのだろう。
今は、修行の身とはいえ、一職人として働いているのだ。
私も彼と出会った頃とは違い、
社会人として仕事をしていて、平日はほとんど会える時間がなくなっていた。
「それはありがたいけど・・・俺、次いつ休みもらえるかわかんないし。またドタキャンするはめになったら余計皆に迷惑かけるだろ?」
「それはそうだけど・・・。じゃぁさ、別に改まったパーティーじゃなくていいじゃん?皆で会って飲むだけとかでもさ。」
「いいけど・・・すぐ答えは出ないよ?」
「いいよ。そんなことは皆わかってるし。皆も忙しくてなかなかあらかじめ予定立てるの難しいと思うから。」
最近、彼の笑顔が減っていることに
私は不安を感じていた。
私の大好きな、彼の優しい笑顔。
私に愛おしそうに触ってくれる指。
忙しさで、最近それが全くなくなっていた。
「それに、忙しいからこそ皆でパーっとやってストレス発散したいじゃない??」
「有紀、おまえ飲みたいだけだろ??」
「あは☆バレた??」
彼の気が紛れるなら・・・と思ったけど・・・
逆に、迷惑かもしれないけど・・・。
私は、こうやって恭ちゃんに会うだけで、顔をみるだけでほっとする。
嫌なこと、みんな消し飛んで、楽になれる。
だけど、恭ちゃんは私といても力を抜いてくれない。
強く、かっこよくいようとしてくれるのは嬉しいけど、
私たち、もぅ付き合って2年になるんだよ?
かっこ悪いところ見せてくれたっていいじゃない・・・
私もあなたの支えになりたいのに・・・
「とにかく、約束だからね!次の休み決まったらすぐ教えて、空けといてね!!全員揃わなくても実行するんだから!!」
「はぃはぃ。」
そう言って苦笑する恭ちゃんを見て、泣きたくなるのは何故なんだろう?
恭ちゃんは、私の心の休まる場所だったのに・・・。
「本島さんっ」
「!!関山チーフ!」
「どぅしたの?ぼんやりして。」
エレベーターホールで、会議室へ持っていく資料を抱き締めたまま、
私は扉の開いているエレベーターをぼんやり見ていた。
「乗らないの?」
後ろから声を掛けられてはっとした。
顔を上げると、にっこり笑った関山さんが上がるボタンを押して、エレベーターのドアが閉まるのを止めていた。
「の、乗ります!すみません!!」
私は慌てて関山さんの代わりにボタンを押し、彼が乗るのを促した。
あの日以来、フロアで会う度、関山さんは積極的に私に声をかけるようになっていた。
「何か考え事?」
「え?えぇ、まぁ・・・。」
「そっか・・・。まぁ、俺に出来る事なら何でも言ってよ。悩みとか愚痴くらいは聞いてあげるよ?」
「いえ、そんなんじゃないんで。ありがとうございます。」
にっこり笑って、私は手を振った。
「言いたくないなら、聞かないけどさ。」
大人げなく、ちょっとふくれっ面をする。
なんなんだろう、この人。
普段はピシッ!!パリッ!!バシッ!!!って感じのカッコよくって大人な、厳しい上司なのに。
二人で話すと、なんていうか・・・かわいい。
「そぅいぅ意味じゃないですよぉ。そんな怒んないで下さい〜」
「別に怒ってないですよ。何を言ってるんですか。」
「関山さぁん」
リンロン♪
目的階に到着する。
私はエレベーターを降りてから振り返った。
「あれ?関山さん、降りないんですか?」
一つしか押されていないボタンに、降りようとしない彼。
「俺は、別の階には用はないからね。元のフロアに戻るよ。じゃ、元気出してね!」
関山さんはまた、にっこりと笑うとエレベーターのドアは静かに閉じられた。
何が起きたのかわからない私は、またその場に一瞬硬直してはっとした。
も、もしかして
私がぼんやりしてたから声を掛けただけ???
その為に、用もないのに一緒にエレベーターに乗ったの???
顔が真っ赤に火照るのを感じた。
どうしようもなく恥ずかしい。
と、とにかく これ、早く会議室に持っていかなきゃ!!
踵を返し、早足で会議室に向かう。
でもどれだけ風を切って歩いても、顔の火照りは冷めなかった。
それどころか、さっきの関山さんのドアが閉まる直前の笑顔が、どれだけ振り払っても頭の中からなかなか消えないでいた。
あの、5人でパーティーをした翌週、私は会社で彼を見かけた。
この半年、何度彼を見かけないか、すれ違わないかと思っていたのに、
まさかプライベートで知り合いになってからオフィスで見かけることになるとは思ってもみなかった。
同じ課の先輩たちに聞くと
「あれ?言ってなかったっけ?関山チーフ。あのコンタクト事件の後から、海外出張が決まって、先週までイギリスにいたのよ?」
聞いてません。。
課が違うため、しかも同じフロアと言えど企画部とはほとんど交流のない部署の私たちは、彼らの部屋にはほとんど立ち入らない。
だから、彼らの情報はほとんど実しやかに流されるホントかどうかもわからない噂ばかりだ。
ただ、うちの会社きってのイケメンで若くして企画部チーフの帰国子女、関山 智勝は、うちの社ではどこの部署でも有名だった。
きっと、そういう噂話に疎い私以外は、彼の海外出張の事実を知らない人はほとんどいなかっただろう。
なんで先陣切ってそういう話に首をつっこんでおかなかったのだろうと後悔したのは言うまでもない。
「去年は、クリスマスもバレンタインもすごかったんだから。
関山チーフを巡って、社内はものすごい戦争だったのよ?まぁ、その時あなたはまだここにいなかったんだから知らなくても仕方ないわよ。」
うん。
すごそう。
すごく目に浮かぶ。。
そっかぁ、去年のクリスマスも今年のお正月とバレンタインデーも、関山さんイギリスだったのかぁ〜・・・
私も今年はひとりぼっちだったけど・・・。
ってか、イギリス行ってたってだけで関山さんは一人とは限らないよね!!あんなイケメン、絶対イギリスでもほっとかれないって。
なんて思いながら、
そんな社内戦争が繰り広げられる程の上司と
プライベートで知り合いだという事実に、私が少しばかり優越感を覚えてしまったのは仕方ないと思う。
それからは、時々仕事帰りにタイミングが合えば、関山さんと何度か飲みに行った。
仕事の内容は全く違うけど、会社のほんの下の方のそのまた一部しか知らない私にとって、関山さんの話はとても勉強になった。
「もしもし?恭ちゃん?あ、休みとれたの??やったぁ!!いついつ???うん、オッケー!じゃぁ皆にも聞いてみるね!」
「噂の稚々里くん?」
「そぅです♪」
結局、あの後関山さんからメールが来て、『君が言いたくないなら、俺の愚痴、聞いてくれない?』なんて言われたもんだから
さっきの顔の火照りと頭の中のもやもやを無理やり追い払って、何事もなかったかのように晩御飯を食べに来ていた。
でも、何故かやっぱり照れくさかったので、結子も呼び出して三人で食事していたのだ。
何度も二人で飲みに来ていたのに、今更照れるなんて変なんだけど。
「で?稚々里くん、いつが休みだって?」
「今週の金曜日だって。仕事早く終われるかな?」
「あぁ、金曜なら大丈夫。会議もないし・・・。」
そぅ言って、結子は関山さんの顔を見た。
視線を感じた彼は、にっこり笑って
「あ、俺の事は気にせず続けて?」
と、話を促した。
メールではあぁ言ったものの、関山さんは全く愚痴なんか話さなかったし、どっちかっていうと結子の愚痴を聞いてあげていた。
もしかしたら、私は余計なことをしたのかもしれない。
「ねぇ、有紀。金曜さ、関山くんも呼んじゃだめかな?」
「ふぇ?」
私は彼の顔を見た。
関山さんも驚いている。
「だって、この間のパーティーだって関山くんもいて盛り上がったじゃない?
カズも朱美も呼ぶんだったら、関山くんもさぁ?」
「まぁ・・・稚々里くんには、この間の話も関山さんの話もしたけど・・・。でも・・・ねぇ?関山さんお忙しい方だし・・・」
「あ、ごめん。予定も聞かずに。関山くん、今週の金曜日の夜空いてない?」
「え・・・いや、だって俺は彼とは初対面だし・・・。今回は前回のカズのお祝いと違って彼の卒業祝いなんだろ?」
「そぅですよね?おかしいですよね?そんなの。すみません、結子ったらいつも突然で・・・」
「ぇえ?だって、この間だって初対面だったけど楽しかったでしょ?だから関山くんともこうやって有紀も交えてごはん食べてるんじゃん。」
関山さん、さすがに困った顔してる・・・。
「結子、やめようよ。そんな、本人が嫌がってるのに無理やり・・・」
「や、嫌とかそぅいうんじゃないんだけど・・・」
「なぁんだ、ただ私は皆で楽しくやれたらなぁと思っただけなのに・・・。」
「結子の気持ちもわかるけど・・・。また今度にしよ?またの機会に。ね?」
私が彼の目を見て合図すると、彼はほっとしたように笑った。
結局、結子は最後までぶぅたれていたけれどなんとか説得し、半ば無理やりタクシーに乗せて帰らせた。
結子が強引なのは今に始まったはなしじゃないけど、ここまでなのは大分酔っていたからに違いない・・・。
「ごめんね?せっかく誘ってくれたのに・・・。」
「そんな!全然いいんです。結子が勝手に言い出しただけなんで!!」
「・・・。」
「・・・。」
いつも笑顔の絶えない関山さんが、私の言葉で目を伏せた。
その瞬間やってきた沈黙に、私は彼と二人きりになってしまったことに気がついた。
やり場のない視線。
なんだか気まずい雰囲気。
あの、昼間の関山さんの優しい笑顔がフラッシュバックする。
今まで、ただの上司で。
友達の彼の親友で。
会社の中の有名人と知り合いだということに、ちょっとした優越感を持っていただけなのに。
よき相談相手で、お兄さんで。
二人だけで何度も飲みに行ったのに、
ちっとも意識したことなんてなかった。
なのに。
5月の、まだ春の匂いの残る柔らかい風が私の髪を乱した。
この空気に耐えられない。
鼓動が少しずつ大きくなってきて、
頭がぼーっとする。
彼の次の言葉を待っているのに、
いつものあの笑顔が返ってこない。
足が、小刻みに震えているのがわかった。
「本当は・・・行きたくないんだ。」
消え入りそうな彼の声。
いつもの落ち着いた、優しいトーンとは違う。
不安定で壊れそうな繊細な音。
「え・」
聞き返すように髪を耳にかけながら、顔を上げたその瞬間、
私の視界は真っ暗になった。
彼の優しい手が、私の髪を掬った。
頬に響く、彼の鼓動の音。
速くて、熱くて、目を開けていられなかった。
「君の・・・大切な人になんか・・・会いたくないんだ。」
私の耳元で、吐息のように彼が言った。
耳が・・・熱い。
体の中の全ての血液が、吐息のかかる耳に集中しているようで、
熱くて熱くて、千切れそうになった。
「君が・・・好きだ。」
心臓が、
はねた。
彼の心臓の音なのか、自分の心臓の音なのか、区別がつかない。
だけど、私をきつくきつく抱きしめる関山さんの腕が、私の中の何かを壊した。
涙が溢れて止まらない。
それは、
自責の念なのか
良心の呵責なのか
それとも
喜びなのか
恐怖なのか。
彼に引きずられていく自分の想像が、とてもリアルに感じられて・・・
恭ちゃんを忘れたりはしなかったけれど、
彼を海の底深くの、重たい宝箱にそっと沈めて
鍵をかけるように・・・
そぅすることで、
私は深海のように、深く静かで穏やかな気持ちを取り戻そうとしていたのかもしれない。

skyblueさまへ。
あっという間に7月ですね。
いやぁ〜、早いですね。月日が経つのは(笑)←笑いごとじゃねぇよ。
初めの意気込みはどこへやら、なかなか執筆に時間がかかってしまいまして・・・。申し訳ない。
でもって、まだまだ続くって言うね。
大丈夫だよ。
今年、いや、一年間で完結させて見せるから!!←期間延びてる・・・?
ガンガン書いて、「skyblue」に載せてもらうんだい!!
この第2話は、私自身、有紀に気持ちを重ねてドキドキバクバクしながら作りました。
由ちゃんも悶え死にそうになってくれればと思いますv(´∀`*)
本井 由癸嬢のみお持ち帰り可。
→novel
→ep.1
→ep.3
|