考えても考えても答えがみつからない。
この2年間、私はずっと恭ちゃんだけを見てきた。
恭ちゃん・・・会いたいよ・・・
笑ってよ、
抱きしめて、よ。
誓い ep.3

柔らかい、オレンジ色の明かりの下で
私は一生懸命メールを打っていた。
『会いたい。』
ただそれだけの言葉を、送信ボタンを押すのに何度も躊躇った。
彼が今日は遅番の日だってことは知っていた。
だけど、救って欲しかった。
道を踏み外そうとしていう私を咎めて欲しかった。
彼のぬくもりさえあれば、私はきっと目を覚ますことが出来るはずだった。
すがるような思いで、私はメールの送信ボタンを押した。
ケータイの画面が、送信画面に切り替わる。
封筒の形のイラストが、紙飛行機に乗って飛んで行った。
パチンとケータイを閉じ、胸に閉じ込める。
蓋の閉まった便器の上で、太腿に額を押しつける。
祈るように目を閉じて、ゆっくり息を吐いた。
耳に入ってくるのは、トイレの向こうのロビーから聞こえるざわざわとした人の気配と
床を歩く靴の音。
ヒールの音はよく響き、ホテルのボーイの皮靴も硬く鳴っていた。
ゴロゴロと鳴っているのは、大きなキャリーケースだろうか。
何の反応もないケータイに、私はまた息を吐いた。
「返事・・・あるわけないよね・・・。」
手を開き、そっと開いてみる。
何の変化もない待ち受け画面。
私は最後の悪あがきをした。
アドレス帳を開き、「た」行を引き出す。
「稚々里 恭介」という文字を見ただけで、目頭が熱くなった。
どうしてこんな思いをしているのに、
こんなにも心が痛いのに、
私はここにいるんだろう。
受話器のマークを親指でそっと押す。
プルルル・・・
となるコール音。
お願い、恭ちゃん。
出て。
お願いだから。
それで、今すぐは無理でも「会おう」って・・・
「家で待ってろ」って、言って?
狭い空間に、鳴り響くコール音。
私以外誰もいない初めて入るこの女子トイレは、私の運命を決める大事な場所になろうとしていた。
後、2コールで留守電に切り替わろうとしていて、
私がもぅ諦めようとしたその時だった。
『はいはい、有紀?』
喉から手が出るほど聞きたかった声。
だけど、その声はその時の私にとってとても残酷で冷たい水のようだった。
「あ、あの恭ちゃん、ごめんね。あの・・・」
『ごめん、今日も遅くなる。悪いけど約束した金曜までちょっと会えないかも。仕事中だから、ごめん。またメールしといて。』
プツ。
ツー、ツー、ツー・・・
何も言えなかった。
うぅん。
何も聞いてくれなかった。
私から掛けた電話だったのに。
何の用件も聞かず、メールしといてって・・・何よ。
会えないって何よ。
仕事が大変なのはわかるけど、
今日じゃないと、
今じゃないと いけなかったのに・・・。
もぅ・・・知らない。
私は「切」ボタンを押して、乱暴にカバンの中に押し込んだ。
用はなかったけど、水洗のボタンを押す。
閉まっている蓋の下で、ゴポゴポと水が流れ吸い込まれる音がした。
私の淀んだ心を一緒に流し去ってくれたような気がした。
ドアを開けるとそこはまるで別世界で、
ここに入ってきた時とは、全く別の空気が流れていた。
なんだか、寧ろ爽快だった。
鏡の前で口紅を塗り直す。
グロスを塗った唇は、まるで私の物ではないようで、艶々と研ぎ澄まされた。
それから1時間後。
私は3年ぶりに、恭ちゃんではない人と
肌を合わせた。
関山さんは、とても優しかった。
私の枯れた心を潤してくれた。
寂しくて、淋しくて、埋もれてしまいそうだった私を
大きな海にいざなってくれた。
太陽のような恭ちゃんとは違って、海のような人だった。
恭ちゃんは、私に光を見せてくれた。
私は向日葵のように恭ちゃんを見上げ、燦々と降り注ぐ光を浴びながら、温かいほっこりとした気持ちにさせてくれた。
関山さんは、私に安息をくれた。
母の羊水のように、包み、守ってくれる。私の不安で寂しい気持ちを全部掬って浄化してくれた。
寂しかったの。
やりきれなかったの。
私は結局、自分が一番大事で、
恭ちゃんがどんどん離れていくような気がして、その恐怖に耐えられなかった。
あなたが何を思い、何を考えて。
だんだんと減っていく笑顔や、寄り添ってくれない肌を
あなたが私を忘れていっているんじゃないかと、
私を必要としてくれていないんじゃないかと、
そぅ思えてならなかった。
恭ちゃんの邪魔になっているのではないかといぅ不安に、何度も襲われた。
今、彼にとってとても大事な時期。
なのに私は彼の支えになるどころか、
私の存在自体が彼の足かせになっている気がして仕方がなかった。
だから、逃げたの。
私を好きだと言ってくれた、
私の全部を丸ごと受け止めてくれた 関山 智勝 というあの人に。
ごめんなさい。
私はあなたを裏切った。
涙なのか、シャワーから滴る水なのか。
足もとまで流れては、どんどん吸い込まれていく排水溝に
私は自分を重ね合わせた。
ぐるぐると渦を巻いて消えていく水。
私はこれからどうしたらいいんだろう。
左胸に咲く、紅い花が鏡に映る。
自分の犯した罪の烙印。
その週の金曜日。
私は恭ちゃんの卒業パーティーに行かなかった。

skyblueさまへ。
今回の回は主人公の一人語りですね。
彼女の葛藤と心情をメインに書きました。
少女マンガにあるまじき罪ですが
レディースでは全然ありありかと。。
こういう方向性、いかかでしょうか??
ありですか?なしですか?
まぁ、無と言われてもこのままこの話は続いて行ってしまうわけなんですが。
初の試みなので一言感想いただければ幸いです。
本井 由癸嬢のみお持ち帰り可。
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