私の運命が大きく変わったのはきっと彼と出会ったからに違いない。
だけど。
私は後悔してないし、
ましてや恨んでなんかないんだ。
だって彼はあんなにも私を想ってくれた。
それに、答えてあげることは出来なかったけれど・・・
誓い ep.1

あれは、私が23歳の3月のこと。
社会人になって1年が経とうとしていた。
慣れない仕事もやっと霞が晴れてきて、職場の愚痴は数え切れないほどあったけど
なんとか無事2年目を迎えようとしていた。
「あれ?有紀1人??」
今年は桜が早いなぁ・・・なんて考えながらぼんやり店のガラス越しに外を眺めていた私に、3ヵ月ぶりに会う結子が声を掛けた。
「朱美ちょっと遅れるって。今メールきたよ」
3カ月ぶりとはいえ、メールや電話の途絶えたことのなかった間柄。
特に久しぶりに会えた感動もなく私はサラリと答えた。
が。
「あれ?」
結子の後ろから着いてきた見慣れない顔を見て、私は首を傾げた。
「やっほ!有紀ちゃん。ごめん、ちょっと色々あって」
結子のすぐ後ろから結子より更に久しぶりの声が追いかけてきた。
「ごめん、有紀。このバカがダブルブッキングしやがって。。」
今日は結子の言う『このバカ』こと結子の長年付き合っている彼氏、原口 一也(はらぐち かずなり)くんのヘッドハンティングのお祝いなのだ。
「今日の主役のクセに何やってんだか。。今日は空けといてってあれだけ言っといたのに。」
「ごめんって。忘れてたわけじゃなかったんだけどコイツもなかなか予定合わなくて・・・」
「だからって同じ日に予定入れてどぉするつもりだったのよ!」
ここのカップルはいつもこんな感じです・・・。
「ちょ・・・ちょっとっ!俺のせいなんだよ。今月は今日しか空いてないって俺が言ったもんだから・・・喧嘩しないで!!」
原口くんの更に後ろからついてきた例の見慣れない顔がそう言って二人の間に割って入った。
「・・・それで・・・一緒に来たんだ??」
「仕方ないでしょ。彼も約束してたのにしかも忙しいみたいだし譲ってもらうの可哀そうじゃない。」
「まぁ・・・いいけど。お友達さんがそれでもいいならこっちは・・・。どぉせ稚々里くん今日来れなくなっちゃったから。」
「え?そぉなの?」
「うん・・・今日急に団体のお客さん入っちゃったらしくて。」
「あぁ、稚々里くんのお店か。それじゃぁ仕方ないね。」
稚々里くんとは私のつきあってそろそろ2年になる彼氏さま。
大学を卒業してから、料理の専門学校に通いつつ今も働いている洋食店で修業を続けている。
今年で専門学校を卒業し、晴れて社会人として正社員になったのだ。
そのお祝いも兼ねてだったので残念だけど仕方がない。
3月の今の時期はレストランは歓送迎会で忙しいのだ。
「それで・・・そちらのお友達さんは・・・」
さっきから気になっていた初対面の彼に、私の向かいの席に座るのを促しつつ視線を向けた。
「あ、すみません。なんか仲の良い皆さんの集まりに図々しく・・・。俺、一也の学生時代からの友達で 関山 智勝(せきやま ともかつ)って言います。」
「いいのいいの、私が強引に連れてきちゃったんだから。関山くんと私は顔馴染みなの。カズとは高校時代からの親友だから。私の先輩。」
「へぇ〜そぉなんだ?初めまして。私は結子と大学の時からの友達で・・・本島 有紀と言います。
実は今日はもう一人いて、その子は郷本 朱美って言って・・・」
遅刻中の朱美の紹介をしようとした私の言葉を遮るように、彼はにっこり笑ってこう言った。
「本島さん、俺初対面じゃないですよ?」
「へ?」
正面の席でにこにこしている彼をじっと見てしまった。
あれ?そういえばどこかで・・・??
「俺の名前は知らないかもしれないけど、本島さん、俺の部下だもん。」
「・・・?」
サラリと言った彼の言葉に目が点になった。
部下・・・?私が、部下・・・???
ってことは・・・
「えーー!!!上司ですか!!??失礼しました!!!」
「うそ。関山くんて有紀と同じ会社だったの!?」
「そぅだよ。課は違うから直属の上司じゃないけど。フロアは一緒だからさ。俺はよく知ってるよ?コンタクト事件の本島さんでしょ??」
「!!!」
「え?何々?コンタクト事件って。俺も知らなかった。有紀ちゃんの行ってる会社名ってそういや聞いたことなかったかも。」
相変わらずにこにこの関山さんと話に食いつくカップル。
嫌だ。
マジ恥ずかしくて思い出したくもない・・・。
あの事件で私はあのフロアの有名人になってしまった。
「半年くらい前かな?朝、出社時間ぎりぎりにエレベーターホールでね。急いでた本島さんがエレベーターから飛び出してきて・・・」
「あぁあ!!やめてください!!恥ずかしい!!!」
そんな始めから事情知ってるなんてっ!!
恥ずかしすぎる・・・っ!!
「それでそれで??」
私が止めているにも関わらず、結子は話の続きを聞き出そうとにやにやしている。
「うん、それでぇ」
って!!続けないでよ!!完全そっち側の人間じゃん!!えーん!!
でも上司だったら強く言えないぃ〜
「別の階に用事があった俺はそのエレベーターを待ってたわけ。」
「もしかして?」
「そぉ。飛び出してきた本島さんとぶつかったんだよね。」
「うそぉ!!あれ、関山さんだったんですか!!??」
「そぅなんだよねぇ。あれ、俺だったの。」
最悪だ。どぉりで始めっから知ってるわけだよ。
あれ、ちょっとまて??
ってことはもしかしてもしかしなくても私・・・
「『ちょっと!!!どこ見てんのよ!!!人が急いでる時に!!!』って怒鳴られちゃって・・・」
苦笑している関山さんを見て、血の気が引いた。
「も、申し訳ありませんでした!!!本当に!!その節は!!!!」
後先考えずに私は思わず立ち上がり、水が倒れたのにも気づかないくらい平謝りした。
あの時の人にこんなところで、しかも友達の(彼氏の)親友として会うなんて・・・。
「あの時はその・・・初めて遅刻しかけてしまって・・・気が動転していましてですね。社内だというのに私はなんて口の利き方を・・・」
「あぁ、いいのいいの。別に俺怒ってないから。寧ろびっくりしたっていうか・・・。」
「そうですよね。すみません、すみません!!」
「いや、本当に大丈夫だから・・・とりあえず座ろっか。」
関山さんはプチパニックに陥っている私をゆっくりと座らせて、私の袖のすそを濡らした水を優しくハンカチで拭った。
そしてコップを起こして店員さんを呼ぶ。
「すみません、水を零してしまったので布巾と新しい水お願いします。」
「本当に・・・何から何まで本当に申し訳ないです・・・。」
「いや、俺は君にプライベートで会えて嬉しいよ。」
「へ?」
相変わらずにこにこの関山さん。
この人・・・読めない・・・。
それにしても、稚々里くんがこの場にいなくてよかった・・・
「なんか、有紀らしいってかなんていうか。焦ると周り見えなくなっちゃうもんね。」
「う・・・反省してます・・・。」
「それで?なんでコンタクト事件?」
原口くんが肘をついて隣に座る関山さんを見た。
店員さんから新しい水の入ったグラスを受け取り、元のものと交換しながら関山さんは話を続ける。
「いや、彼女がその時怒ったのは単に俺がぶつかったことだけじゃなかったんだよ。」
テーブルの上を拭き終えた私の手からびしょ濡れの布巾をそっと取り、店員さんに笑顔でお礼を言って渡した。
その一連の動作がとてもスマートで、かっこよかった。
自分が本当に情けない。
「実は、関山さんとぶつかった拍子にコンタクト落としちゃって・・・」
「あぁ、なるほど。だから関山くんの顔覚えてなかったんだ?有紀視力相当悪いもんね。」
「そぉなの。」
『ちょっと!!!どこ見てんのよ!!!人が急いでる時に!!!』
『あ、ごめん。大丈夫?』
『落した!!!』
『え?』
『右目のコンタクト、落としちゃった!!!』
『ぇえ!!??』
『私右が利き目なのに!!なかったら全然見えないんです!!!!探して下さい!!!!』
相手の都合なんかお構いなしに私はぶつかった相手に一緒にコンタクトを探させた。
始業時刻まで後10分しかなくて、私は相当焦っていた。
ましてや全然見えないこの状態で、一人であの小さくて透明なコンタクトレンズを探し出す自信は全くなかった。
こんな人通りの多いエレベーターホールで誰かに踏まれでもしたら、仕事どころか家にも無事に帰れない。
普段の私ならメガネを持ってきているのに、遅刻しそうで慌てて家を飛び出したあの日は持ってくるのを忘れていた。
ホールの床を這いつくばる二人。
人が通るたびに、『すみません!!足元注意して下さい!!』と言いながら、5分と経たないうちにホールを囲むように人だかりが出来てしまった。
その時は自分のことで頭がいっぱいで、コンタクトレンズを探し出すことで必至だったんだけど
それ以来、私は別の課の人からも「コンタクトの本島さん」と認識されることとなってしまった。
仕事中だというのに、一緒にコンタクトを探してくれた挙句、私の遅刻を一緒に謝ってくれた人。
コンタクトを洗ってつけた時にはもぅいなくなってしまっていたけれど・・・。
「私、ずっと謝ってお礼言わなきゃと思ってたんです。でも、同じ課の人じゃなさそうだったし声しか覚えてなかったし・・・
あの後同僚に聞いたら笑って、あんたが簡単に会いに行けるような人じゃないって言われて・・・。」
「あははは!!君の同僚もいじわるだね。別にそんな雲の上のような人間じゃないって。」
「それにしても、本当に失礼しました。まさか原口くんのお友達とは思いも寄らず、お声を聞いてもすぐにピンと来ないどころか私苗字も存じてましたのに・・・」
「あぁ。そぉだったんだ?でも、全然気にしないでよ。俺だってこんなところで君に会えるとは思ってもみなかったし。」
「・・・関山さんって、企画部のエリートだって聞きました。アメリカの大学を出て色んな国を転々とされていたあなたを、お兄さまが日本に呼び戻されたって。」
「さすが、関山くん。タダものじゃないと思ってたけど。なんでカズなんかの親友やってんの??」
「結子・・・それどういう意味だよ。」
「そのままの意味よ。ちょっと大きい会社にヘッドハンティングされたからって調子に乗ってんじゃないわよ。」
「なんだと!?」
「まぁまぁ、二人とも。今日原口くんのお祝いしようって言い出したの結子なんだよ?その話聞いた時、自分のことみたいに喜んでたんだから。」
「へぇ〜?そぉなんだ??俺には有紀ちゃんが言ってくれたみたいなこと言ってた癖にぃ。」
原口くんが身を乗り出して結子の頬を指で小突く。
結子は真っ赤になってそれを払い、余計なこと言わないでよ!と私を威嚇した。
ホント、素直じゃないんだから。
「別にそんな立派な話じゃないんだ。俺が勝手に色んな国放浪してたら兄貴が怒って無理やり自分のいる会社で俺を定職に就かせた。ただそれだけ。
エリートでもなんでもないよ。ただの放蕩息子。自分のやりたいことを勝手にやってただけ。日本では海外留学してたってだけでエリート扱いしてくれるけど。」
「そんなの謙遜ですよ。関山さんがうちの会社に来てから、業績一気に伸びたらしいじゃないですか。まぁ、私は下っ端も下っ端なんで難しいことはよくわかりませんけど。
それに、あの日だって関山さんが私を庇ってうちの課長に謝ってくれたから私なんのお咎めもなしだったんですよ?」
「そりゃよかった。でもあれは本当のことだよ。俺にぶつかってなければ、君がコンタクトを落とすこともなかったし、そしたら遅刻も免れたんだ。」
「結局有紀ちゃんのコンタクトは無事だったんだね?」
「・・・実は、関山さんの襟にくっついてて・・・。」
あんなに必死に探したのにコンタクトレンズは見つからず、始業のベルと共に私は観念した。
仕方がない。課長に事情を話してメガネを取りに帰ろう。と。
そしたら、関山さんが一緒に行って事情を説明すると申し出てくれて。
一緒に課長に会いに行って、課長にコンタクトを発見されるということでコンタクト事件は幕を閉じたのだった。
「ごめぇん!!遅くなって!!なんか××線人身事故だって・・・全然電車動かなくて・・・」
ちょうど話に区切りが付いた所で、汗だくになった朱美が店に飛び込んできた。
「そぉだったんだ!?おつかれ〜」
結子が朱美に水を渡す。
朱美はそれを一気に飲み干すと、視界に彼が映ったようだ。
「あれ?稚々里くんじゃないの??」
「稚々里くん、仕事で来れなくなっちゃって。彼、原口くんの親友で私の上司。」
「へ?なんかややこしい繋がりだね。」
「初めまして。関山 智勝です。一也の高校の時の同級生で、結子ちゃんはその時の後輩。本島さんはたまたま同じ会社で・・・きちんと知り合ったのはさっきなんだけど。」
「へぇ〜世間って狭いんですね。私は郷本 朱美(ごうもと あけみ)と言います。有紀とは幼馴染で・・・幼稚園の時からの付き合いです。
結子とは大学に入ってからの友達で、三人で仲良くしてました。」
朱美は結子と原口君の間に、お誕生日席状態で椅子に座った。
なんとも不可思議な組み合わせ。
「ところで・・・さっきから話に出てる“ちちりくん”って・・・?」
シャンパンがグラスに注がれていく。
桜の香りがほのかにするグラス。
こんな贅沢は初めてだ。
「稚々里くんは、有紀の彼氏。今洋食屋さんでシェフしてるんだよ。」
「まだまだ見習だけどねぇ〜」
「へぇ、本島さん彼氏いるんだ?」
「見えないでしょ?いるんだよねぇ。これが。」
「結子・・・それどういう・・・」
関山さんが笑いをかみ殺す。
本当に笑顔の絶えない人だ。
「結子ちゃんて、カズに対してだけじゃないんだ?知らなかった。」
「多分、原口さんと有紀に対してだけだと思いますよ?彼女なりの独占欲というか・・・」
「あぁ、なるほど。」
「朱美!いらんこと言わなくていい!!」
「でも、わかるなぁ・・・なんていうか・・・虐めがいがあるよね。」
「でっしょぉ〜?」
「関山さぁん!ちょっと原口くんもなんとか言ってよぉ!!」
「俺は否定はしない。俺は高校の時からこういうポジションだった。」
ほとんど初対面とは思えない和やかな空気。
原口君と同い年とは思えない大人な雰囲気と、それとは反対の子供のような笑顔が印象的な人。
また、会いたいと思ってしまった。
「関山 智勝」という、この人をもっと知ってみたいと・・・そぅ思った。
本当に、ここに彼が居なくて
ヨカッタ。

skyblueさまへ。
もぅ毎年恒例になってきましたが、
今回は書くということを事前に言わずにちょっとしたサプライズな感じにさせていただきました。
サプライズ1☆ミクシィに執筆活動に入るという予告を勝手に書き込んだだけでこのことだとはあえて触れませんでした。
サプライズ2☆今まで短編でしたが、今回はちょっぴり長編に挑戦!!ちゃんと完結するように祈ってて下さい。←こうでもしないと完結しない私の脳(笑)
サプライズ3☆登場人物またかなり練りました!!気に入って頂けるとこれ幸い。由ちゃんなら気づいてくれるはず!!!
もぉ、登場人物くらいしか夢っぽくなくて独り歩きしていますが、なんだかシリーズ化しつつあります(笑)
私に執筆の理由をくれてありがとう。そして、あなたが喜んでくれるなら私の努力のし甲斐があるってもんです。
いつものように拙い文章ですが、よろしければ受け取ってください。
なかなか執筆時間がとれませんが、絶対にあなたの為に完結させてみせますので
待ってて下さい。
本井 由癸嬢のみお持ち帰り可。

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