彼氏の元カノは、

「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」

という言葉がまさにピッタリの女性だった。










気になる、あの人。











「はぁ?元カノに会ったぁ??」

「・・・うん。」

「一体どぉいう状況だったわけ???」


友人2人が驚くのも無理はない。

彼女自身がその元カノと知り合いでない限り、滅多に現カノと元カノが遭遇するなんて事態、起こることではない。

私の落ち込みようを見て、朱美も結子も身を乗り出して私の説明を待った。


「彼女が・・・ね。稚々里くん家に来たの。」

「!それって浮・・・っ!!!」


私の言葉に思わず出た結子の口を、慌てて朱美が押さえる。


「大丈夫。別に二股かけられてたとかそんなんじゃないの。」







あれは1ヶ月前、

私たちが付き合い出してから2ヶ月が経とうとしていた頃だった。

私の1コ年上の彼、稚々里くんは一人暮らしで、近くの洋食屋で見習いシェフをしていた。

私の誕生日に出会って、そして彼の誕生日に初めて彼の部屋に行った。

とは言っても、別に何かあったわけじゃないんだけど・・・。

そして、私はそれからよく彼の家に行くようになった。

私の家は両親共働きで兄弟もいない。

ご飯はいつも一人で食べていたから、

見習いとはいえ私なんかより数百倍料理の上手い彼の家に転がり込んでは夕食をご馳走になっていた。

彼が仕事でいない時は、買い物を済ませて合鍵で中に入り、下手くそながらも食べられなくもない私のご飯を用意することもあった。


1ヶ月前のあの日もそうだった。

彼の仕事が遅番の日で、私は翌日学校も就職活動もなかったので

いつものようにスーパーで買い物をして、彼の家に行った。

いつもより早く着いた為、カレーをコトコト煮込んでる間、いつもはキレイに整頓されている本棚から、数冊本が溢れているのに気付き、興味を持った。

今思えば触らなければよかった。

いつもの私なら、彼の居ない間に勝手に彼のプライベートな物を触ったりなんかしなかったのに、

いつもと違う本棚に、いつもと違う私が興味を持ってしまった。


別に初めは、その本を本棚に戻すだけのつもりだったんだけど、

それがポケットアルバムだということに気がついて、ダメだとはわかっていたけど、過去の彼を知りたくなった。

学生の頃の稚々里くん。

彼はどんな学校で、どんな勉強をして、どんな友達と過ごしてきたんだろう。

彼が卒業した学校の名前も知っていたし、何学部の何学科で何を専攻していたのかも知っていた。

彼の大学の時の友達にも2人ほど会った事があった。

だけど、私の知らない彼を、

写真の中の、想像ではない彼を、

知りたいと思った。





ゆっくりと、オレンジ色の表紙を開いた。

もぅ陽が落ちてしまった窓に、カーテンは閉められておらず、

夕日に焼かれたような表紙は、開くと同時に、部屋を明るくした。

そして、私の目に飛び込んできたのは、

見たこともない、稚々里くんの子どものような眩しい笑顔だった。


私の前で見せる彼の笑顔は、いつも優しくて温かいけれど、

こんなに無邪気で、はちきれんばかりの笑顔は見た事がなかった。

社会人になったからか、私が年下だからなのか、そんな風に思いながら、

次のページをめくったその時だった。

彼のその笑顔の理由を、知ってしまった。


2ショットなんかじゃない。

大勢の仲間たちととった写真。

きっと学生の時にしていたという、バスケ部のメンバーたちだろう。

だけど、私はわかってしまった。

満面の笑みの彼の隣で微笑む美女。

いや、大学生ではあるが、美少女といった方がしっくりくるだろう。

手を繋いでいるわけでも、肩を抱いているわけでもないのに、

雰囲気だけですぐにわかった。

2人は付き合っていたのだと。

その先のページを何枚めくってみても、彼女との2ショット写真は出てこなかったけど、

仲間たちとの写真の中に、彼女は必ずいた。


わかってた。

過去に彼女がいたことくらい。

わかってた。

今は私を大切にしてくれていること。

わかってる。

今の歳で元カノが何人かいるのは、普通の事だ。

実際、私自身も元カレと呼べる人は何人かいた。

別に、なんら悪い事ではない。

元カノとの2ショット写真を大事にしていたわけでもない。

だけど、見るんじゃなかったと、私は激しく後悔した。

空気で分かる程、愛し合っていた彼と、彼女。


そして、持っていたアルバムから、ひらりとメモが落ちた。

真白の何の変哲もないシンプルなメモ。

そこに一言、「綾女のことは、絶対に忘れない  恭介」

と、書かれていた。

どうしてこんなものがここに?

彼女に渡したものなら、ここにあるはずがないのに。


でもそれ以前に、そのメモに書かれていた言葉は、私の心にズシリと来た。

「絶対に忘れない。」

この言葉が本当なら、彼は今も彼女を忘れていない・・・??


「あやめさんって言うんだ・・・。」


どこかに書いていたわけじゃない。

誰に教えられた訳でもない。

だけどわかる。

写真の彼女が、「綾女」さんだということ。


それ以来、私は二度とその本棚に、アルバムに、触れることはなかった。

彼に訊く勇気もなかったし、勝手にアルバムを見てしまったことを知られるのも怖かった。

ましてや、訊いたところで・・・何をどぉ訊けばいいのだ?


彼は別に彼女と浮気をしているわけでもなければ、今も彼女を想っているわけでもない。

と、思いたかったし、証拠もない。

だけど、なんとなくその彼女の顔が頭に焼き付いて離れなかった。





そして、それを引き摺ったままの、昨日の話。


「げ。なんで・・・」


私は、稚々里くんと彼の部屋でお茶を飲んでいた。

突然鳴ったメールの着信に、笑顔だった彼の顔が青ざめた。


「何?誰から?」


私は、口にストローを銜えたまま、彼の携帯を覗き込んだ。

私が内容を読む前に、彼はパチンと携帯を閉じて私に向き直った。


「ヤバイ、今から姉貴が来る!!」

「はぁ?」


彼は相当焦っていた。

それは、この部屋のちらかりようなのか、彼女の私がいるからなのか、そもそもお姉さんが来る事自体のものなのか。

わからなかったけど、とりあえず私も焦った。


「今からっていつ!?私、帰った方がいいのかな??」

「あいつが来るって言ったら、もぉ5分もない!!いっつも突然くるんだから・・・」

「ぇえ!!??」


3ヶ月付き合って、2ヵ月半ここに通っていたけれど、私は一度も彼のお姉さんに会ったことがなかった。

ってか。


「待って!稚々里くん!!そもそも私、稚々里くんにお姉さんがいたことすら知らなかったんだけど!!!」


私の言葉に、焦ってそこら辺のものをクローゼットにほおりこんでいた彼の動きが止まった。


「あれ・・・?言ってなかったっけ??」

「うん。ってか、私お兄さんしかいないと思ってた。」


彼の家族の話はいつだって、お兄さんとお父さんとお母さんの話だけで今まで一度もお姉さんが登場したことはなかった。


「嫌、ごめん。それ、間違ってはいないんだけど・・・」

「え?」
ピンポーン!!

「げ!!来た!!!」


稚々里くんは慌てて残りのものをクローゼットに詰め込むと、玄関へ走っていった。

こんなに焦ってる稚々里くんを見るのは初めてだ。

ってか、姉弟なんだったら彼女が家に来る時よりも部屋を片付ける必要ってなくない??

いや、それよりも私ってここにいていいわけ???

リビングからそっと、玄関への廊下を覗いた。


「やっほぉ!恭介!久し振り♪♪」

「いきなり、何しに来たんだよ、綾女!!」


・・・ん?綾女・・・???


「久し振りに一人になっちゃったからさ。顔見に来たの。元気にしてる?」

「頼むから予告なくくんの、心臓に悪いからやめてくれ。」

「だから、メールしたじゃん。」

「3分前にメールしても意味ないっつーの!」


ちょ・・・ちょっと待って・・・?

今、「あやめ」って言ったよね・・・??

来たのは、稚々里くんの・・・お姉さん・・・だよね???

リビングの扉からこそこそしている私に向かって、稚々里くんが声を掛けた。


「有紀、紹介するわ。」

「あれ?ごめん、お客様??」


お姉さんは、玄関に置いてある私の女物の靴に気がついたようで、そぅ言った。


「前に言ったろ?今付き合ってる彼女。」


稚々里くんはそういうと、私の元までやって来て腕を寄せ、廊下の真ん中に立たせた。

玄関まで一直線の廊下。

その先に立っていたのは、当時より少し大人びた、あの写真の彼女だった。

私の肩はビクリと振るえ、どうしようもない緊張と怯えを感じていた。

だけど、確かに彼は、彼女に私を自分の彼女だと紹介し、彼女を姉だと言った。

お姉さんは私に向かって、にっこり笑うと、靴を脱いで廊下を真っ直ぐに歩いてきた。


「そっかぁvあなたが噂の有紀ちゃん!!??かっわいい〜っ!!」


予想外の反応で抱きしめられた私は、起こっている事態にまったく頭がついていかず、一瞬ショートした。



結局、彼女は「稚々里くんのお兄さんのお嫁さん」であることが彼の後の説明でわかった。


「はじめまして、稚々里 綾女です。」


ふんわり笑った彼女は、まだどこかあの写真のような幼さを残して、私を人妻という安心感以外の複雑な気持ちにさせた。

稚々里くんの元カノで、今は彼のお兄さんの妻。

なんてややこしい関係なんだろう・・・。

てか、確かめたわけじゃないから2人が本当に付き合ってたのかなんてわからないけど、

でも、あの写真といい、メモといい、「綾女」「恭介」と呼んでいる仲であることといい、紛れもなく事実な気がしてならない。

しかし、


「そっかぁ〜。じゃぁ有紀ちゃんが恭介と結婚したら、私たち姉妹になるんだねっvv仲良くやろ〜ね〜♪♪」


などと、さらっと言う綾女さんの感じからして、この2人は本当に過去のことなんだと感じることも出来た。

ただ、やっぱり綾女さんの美しさに、私は自分が今の彼女であることに少々自信をなくした。








「なるほど。そぉいうことだったのね?」

「うん・・・。」

「よかったじゃない。元カノが彼の部屋に乗り込んで来たのかと思ってヒヤヒヤしたよ。」

「私も綾女って聞いた時は、心臓壊れるかと思った・・・。」

「でも別に2人はなんもなかったんでしょ?なんでそんなに凹んでんの??」

「そんなの!!2人は綾女さんを見たことないからそんな風に言えるんだよ!!本気で凹むんだから!彼女のキレイさには!!」

「あ〜はいはい。有紀も十分かわいいよ??」

「その、綾女さんにもかわいいって言われたんでしょ??」

「違うの!!かわいいとかじゃないの!キレイなの!!美しいのよ、綾女さんは!」

「でも、有紀と綾女さんは違うじゃない。今、稚々里さんが好きなのは有紀なんでしょ?」

「・・・。だけど・・・稚々里くんが何にもしてくれないのは、私に綾女さんみたいな色気がないからなのかな・・・なんて思っちゃうじゃない・・・。」


だんだん声のボリュームが小さくなっていく私に、朱美と結子は目を丸くした。


「うそ・・・。あんたたちまだだったの!!??」

「結子・・・その言い方は・・・。」

「だって、私てっきりそんなんとっくに・・・」

「あぁ、もうそれ以上言わなくていい。」

「稚々里さん、一人暮らしで有紀、部屋に行ってるどころか、合鍵まで持ってるんでしょ??

彼が遅番の時って、晩ご飯食べんの11時過ぎるんでしょ?・・・ありえない。」

「結子!!言いすぎっ」

「いいの、朱美。本当のことだから・・・」

「で、でもさ。まだ付き合って3ヶ月ちょっとでしょ?ね?焦る事ないんじゃない??」

「わかってるんだけど・・・。昨日、私が稚々里くんの部屋にいなかったら綾女さんと彼と2人きりだったわけでしょ?

何もないってわかってるけど、想像したくないっていうか・・・。」

「欲求不満だな。」

「結子・・・;」

「まぁ、考えてても拉致があかないので止めときます。」

「ねぇ、有紀。そういうのってさ。自然にやってくるものだと思うよ?大事にしてもらってるんだよ、有紀は。」


うん。とは言ったものの、やっぱり私はどこか気にしてて・・・。

今の関係に不満があるわけでもないのに、

どうしようもないもどかしさが消えなかった。











「やったぁ!!!稚々里くん!!就職内定もらったぁっ!!!!」

「マジで!!??」


突然リビングの扉を開けた私に、そしてそのセリフに驚いた稚々里くんは、フライパンからエビを2尾ほど落下させた。

そして癖のように、コンロの火を消すと、私を抱きしめ、持ち上げた。


「やったじゃん!!有紀!!よくやった!!」

「ありがとう!!うえ〜んっ嬉しいよぉ!!」


私を抱きしめる彼の髪からは、さっきまで炒めていた香ばしいニンニクとオリーブオイルの香りがほのかにした。

彼の肩に顔を埋め、背中をぎゅっとする。

私の脚を抱える彼の腕が、もう一度私を抱え直した。


「よし、お祝だ!!」


彼は私を抱き上げたまま、キッチンを出て小さなリビングへ移動した。

そして、小さなテーブルに乗ったケーキとご馳走・・・


「え・・・何?何で??」

「実は有紀が俺んちに向かってる間に、朱美ちゃんからメール来たんだよね。

就職内定の電話が今来て、私たちほったらかしてそっちに向かってるんでよろしくってね。」

「・・・朱美のやつぅ・・・」

「まぁおかげで俺は慌てて準備が出来たわけですが。」

「さっきの、マジで!!??は演技だったのか。」

「いや?有紀の口からちゃんと聞くまで驚かなかったから。」

「・・・。」


こんなサプライズいらないから、私から一番に知らせたかったのにな・・・


でも・・・


「ありがとう。」


涙が出た。


就職が決まったことに。

友人の優しさに。

そして、

彼の気持ちに。






愛してるよ、

傍にいて。


忘れるとか、忘れないとかじゃなくて、

いつも、あなたの傍に。

いつも、私のあなたでいてください。



「有紀。」

「なぁに?」

「好きだよ?」

「知ってる。」

「最近、元気なかったでしょ。」

「別にそんなことないよ。」

「綾女のこと?」

「え?」

「知ってたんだろ?」

「・・・。」

「もう、終わったことだから。3年も前の話だし。」

「うん・・・。」

「俺だって、有紀のバースディの思い出の彼に嫉妬してたんだよ?」

「え・・・」

「だって、1年もひきずってたんでしょ?」

「それは・・・。でも、私もう自分の誕生日嫌いじゃないから。」

「どぉして?」

「わかってるくせに。」

「うん。だから、、、好きだよ。」

「うん、私も。きょーちゃんが好き。」

「久し振りに聞いた。」

「だって、外で言うの恥ずかしいんだもん・・・。うっかり出ちゃわないように普段も・・・」

「いいじゃん、かわいいよ?」

「きょーちゃんが・・・ね?」





熱いキスは、

生クリームの、甘い味がした。








skyblueさまへ。

2周年おめでとう記念小説「ハッピーバースディ?」の続編です!

由癸嬢の●回目のお誕生日プレゼントの予定だったのに一ヶ月以上も遅くなってしまいました。

本当に申し訳ないです。(反省)

由ちゃん、お誕生日おめでとう!!

無事書き上げれてよかった・・・

それにしても、のほほん甘々がいいなぁって聞いてたのに、全然そぅならなくてすみません。

本井 由癸嬢のみお持ち帰り可。