まだ、寒さの残る5月1日。

私の誕生日。

私の嫌な思い出。

誕生日なんて、

来なくていいのに。










ハッピーバースディ?











有紀(ゆうき)!明日誕生日だよね?」

「しっ!」


誕生日なんて、嫌いだ。

ただ、ひとつ年をとるだけで、特に特別何かが起きるわけじゃない。

誕生日に学年が上がるわけじゃないし、

誕生日にクラス替えがあるわけじゃない。

私以外の誰にも関係ない。

忘れてたって、別に全然何かがあるわけじゃない。

だけど、私は別の意味で自分の誕生日を忘れられない。


「別にいいよ、朱美(あけみ)。気にしないで?」

「や、っていうかなんていうか・・・ねぇ?」

「ごめん、有紀。あ、あのさ!そんな暗い顔してないで、3人でパーッと遊びに行こうよ!!」


だからって、私は酷い。

友人2人がこんなに心配して、気を遣ってくれてるのに。


結子(ゆいこ)、ごめんね?明日は・・・ちょっと用事があって・・・。」

「そ・・・そっか。そうだよね?突然だったね。ごめんごめん」


朱美と結子は去年の私の誕生日、何があったか知っているごく少数の内の2人。

そぅ、知ってるのは当事者の私と、それから私の彼氏だった人と、4人だけ。


別れは突然だった。

嫌、本当はちょっと感じてた。

私たち、もうすぐ終わっちゃうんだろうな〜なんて。

そう、人事みたいに感じてたから、実際そうなってみて耐えられなかったんじゃないかな。

すっごく好きだったんだ。

すっごくすっごく好きだったんだ。

だけど、それだけじゃダメだった。

好きっていう気持ちだけではどうしようもなかったんだ。


私が、初めて好きになって、初めて振られた人。


私の21歳の誕生日。


私は初めて失恋の味を知った。


あれから彼には一度も会ってない。

失恋の傷は癒えても、誕生日の思い出はそのままで。

私はこのまま何歳の誕生日を迎えても、毎年毎年同じようにあの日のことを思い出すのだろうか。





22歳の誕生日。

昨日、私は結子にあぁは言ったけど、

本当は予定なんて全然なくて。

申し訳ないけど、2人と居ると去年の出来事をどうしても思い出してしまうから。

泣き過ぎて、もぬけの殻になってしまった私に一晩中付き添ってくれた2人にはとても感謝してる。

だけど、同じ日に3人でなんて、また傷を舐めてもらうみたいで辛かったんだ。


でも、今年の5月1日はゴールデンウィークじゃなくてよかった。

ちょっとでも授業に出た方が気晴らしになる。

学校もなく、家にいるなんて芯から腐っちゃいそうだ。

きっと外出する気力も出なかっただろう。


とはいっても、特に誰かと出かけるわけでもなく、ただ学校に授業を受けに行っただけだし、

おしゃれでも、完璧なフルメイクでもなく、

まっすぐ家に帰る気にもなれなくて、私は珍しく一人で途中下車した。


街はいつもと変わらず、

私の誕生日なんてどうでもよくて、

平日の割には人が多いのは、きっと連休と連休の間だからなのかなぁ〜なんてぼんやり考えながら

緑の多い歩道をぽつぽつと歩く。

何も考えない雑踏が、少しずつ根暗な私を癒してくれているような気がした。


パッパー という車のクラクションで振り返った時だった。

目の前にあったのは、迫ってくる車ではなく、真っ暗闇と息苦しさ。


「痛てっ」


ゴチン。

という鈍い音と共に耳元で響く低い声。

やっと息苦しさから解放されたかと思うと、見慣れない男の人の顔が目の前にあった。


「す、すすすすすみません!!!あのぉ・・・」


私は慌てて密着している体を押し戻した。

どうやらぼんやりしていて車にひかれそうになった私を助けてくれたようだ。

今の世の中、こんな親切な人もいたもんだ。

もしかしたら、私だけが助かって自分が轢かれちゃったりしたかもしれないのに。


「大丈夫?怪我ない?あんなフラフラ歩いて・・・危ないよ?気分でも悪いの?」


顔を上げた青年は、私と同じくらいでお世辞にも今時ではないけれど、優しい顔立ちだった。


「い、いえ。大丈夫です。ありがとうございますっ!そちらこそ、怪我ないですか??」


私は慌てて起き上がり、しゃがみ込むと、彼の体を起こすのを支えた。


「ならよかった。俺は大丈夫。こういうの慣れてるし・・・。」

「慣れてる・・・??」

「あぁ、バスケやってて・・・体当たりちっくな?」


笑顔でそういう彼を見て、私は思わず吹き出してしまった。

今日、笑う事が出来るなんて思ってなかった。


「激しいんですね。バスケ。」

「まぁね。それにしてもホントよかった。顔色さっきよりちょっとよくなったんじゃない?」

「え?そうですか?」


私は一体さっきまでどんな顔色をしていたんだろう。

何も変わらないと思っていた町並みに陰の空気を纏った私は浮きまくっていたに違いない。


「あ!!」

「へ?」

「怪我してますよ!!??」


私は慌てて血の滲んだ彼の右肘にハンカチを当てた。


「ちょ、汚れるよ??」

「構いませんよ。それより砂とかバイキン入っちゃってるかも!!どこかで洗って消毒しないと!」

「大丈夫だってこのくらい。舐めときゃすぐ治る。」

「ダメですよぉ。私のせいで怪我しちゃったんだし・・・」


私はキョロキョロと水道のありそうなところを探す。


「ちょっと来て下さい!!」


本当は、彼はこの後用事があったかもしれないし、どこかに行く予定にしてたのかもしれないけど、

なんとなくこのまま帰したくなかったのが本音で。

お時間ありますか?なんて訊いてられなかった。


私はさっきいた場所からちらっと見えた小さな公園に、半ば無理やり彼を連れてきた。

傷口に押し当てていたハンカチを水で濡らし、傷についた砂を丁寧に落とす。


「肘なんて自分で舐めにくいじゃないですか?」

「それは・・・そうかも・・・」

「消毒はないんですけど・・・これで我慢して下さいね?」


私はたまたまバッグの内ポケットに入っていたバンドエイドを彼の右肘に貼った。


「これでよし。」

「ありがとう・・・」

「それはこっちのセリフですよ。助けて下さってありがとうございました。」

「いや・・・全然・・・。」


さっきまで滑らかだった会話が、なんとなく気まずくなってきて、ついに沈黙になってしまった。

やっぱり、無理やりしたのがよくなかったのかな??

もしかして、迷惑がられてる??


「あ、あのごめんなさい・・・。もしかして何か用事があったんじゃ・・・

お急ぎな様でしたら、全然行ってください。私、もう大丈夫なんで・・・。」

「あ、いや・・・。それは大丈夫。もう帰るとこだったから・・・。」

「そ・・・そうなんですか。学校の帰りですか?」

「いや、仕事の帰り・・・。すぐそこの洋食屋で働いてるんだ。」

「そぉなんですか。私は学校の帰りで・・・。」

「そぅなんだ?大学生・・・だよね?何回生?」

「4回生です・・・。」

「じゃぁ俺の一個下だ。俺はこの春卒業したとこなんだ。ってことは・・・21歳?」

「あ、いえ・・・今日で22です・・・。」


ぎこちない会話。

なんだかお互い探り合っているようで・・・でもどこまで踏み込んでいいのかわからない。

そんな駆け引きじみた、拙い会話。

だけど、私の一言で彼の表情が止まった。


「え・・・?今日誕生日?」

「はい・・・まぁ・・・。」

「せっかくの誕生日なのに、何でそんなに元気ないの?俺なんかより、今日断然忙しいんでないの??」

「あはは〜。祝ってくれる人がいないので・・・。」

「彼氏は?」

「あいにく・・・」

「友達は?」

「昨日誘ってくれたんですけど・・・」

「断っちゃったの??」

「はい・・・」

「なんで??」


純粋に問う彼の目には、少しも曇りが無くて。

自己中心的な理由で断っただなんてとても言えなかった。

なんて私は恥ずかしいんだろう。

私を思って、私の生まれた日をお祝いしてくれようとした友人たちを、

自分の勝手な理由で蔑ろにした。


「一人に・・・なりたくて・・・。」


私の答えに、彼は何かを察したのだろうか。

それ以上何も問いただそうとはしなかった。


「今も・・・一人で居たいの?」

「今は・・・。」


顔を上げると、彼の優しい顔。

今日初めて会ったのに。

名前も知らないのに。

私の心を溶かしてくれてる気がした。


「今は・・・1人は嫌です。」

「うん。」

「私、今日が嫌いなんです。

去年の今日、私、大好きだった彼に振られて・・・。

思い出して辛いから・・・。誕生日なんて嫌いなんです。」


たった4人しか知らない出来事。

それを、初対面の、どこの誰だか知らない相手に話す。

普段の私じゃ、絶対にありえないこと。

でも、彼ならいいと思った。

言ってもいいと思ったんだ。


「あのさ。」

「はい。」

「俺、ナンパとか一目ぼれって嫌いなんだよね。信用できないっていうか。」

「?」

「でも、君のこと、ナンパしてもいいかな?」

「え?」

「君の今日一日、俺にくれない?」


私の一日・・・??


「誕生日って、その人がこの世に生を受けた日なんだよ?

その日がなかったら、その人は今ここに存在してないんだよ。

すっごく大事な日じゃない?

自分の誕生日が嫌いってことは、自分自身の否定だよ。

そんなの哀しいじゃんか。

だからさ、哀しい思い出は、楽しい思い出に塗り替えようよ。」

「楽しい・・・思い出に?」

「うん。1人が嫌なら、今日一日俺に頂戴?今日一日・・・ってかもぅ半日しかないけど、

楽しい思い出作って、来年の誕生日は初めから笑って過ごそうよ。」

「でも・・・いいんですか?初対面の私なんかに付き合って・・・何か今日帰ってから予定とか・・・。」

「ないない!!ってか、今新しい予定入ったからさ。」


急に強引な彼のペースに呑まれてく。


「ってか、ごめん。強引だよね?俺めちゃくちゃ怪しいじゃん。

いきなりこんなこと言って、信用してくれってのは難しい話だけど、ホントに初めてなんだ。

君の誕生日、俺に祝わせて欲しいんだけど・・・ダメかな・・・?」


思いっきり怪しいけど・・・

でも何でだろう・・・彼の言葉、全然嘘じゃない気がする。

そこらへんのナンパ野郎の上辺だけの言葉なんかじゃ全然なくて。

一生懸命で、純粋な気持ちが伝わってくる。

普通、こんなの付いて行ったりしないけど。


「じゃぁ・・・名前、教えてください。」

「え?あ、そっか。名前もまだだっけ。俺は、稚々里(ちちり)  恭介(きょうすけ)。22歳。5月21日生まれの牡牛座。」


免許証を出して自己紹介する人、初めてみた。(笑)


「な、なんで免許証??」

「え?だって、その方が信用してくれるかな?と思って。」

「ぷ。だからって、誕生日とか星座とか・・・」


笑いをこらえきれない私に、彼は困った顔をする。

この人、もしかして天然??


「じゃ、じゃぁ君は?5月1日生まれの22歳の君の名前は??」


そう言われて、私も対抗してみる。


本島(もとじま) 有紀(ゆうき)。 ●●大学4回生!!O型!!只今就職活動中!!!」


差し出した学生証の顔写真が結構酷い事を思い出して、慌てて引っ込める。

でも、彼はバッチリ見てしまったようだ。


「か・・・髪伸びたね・・・。」

「笑ってたら、フォローになってない!!」


大学に入る前の春休みに撮ったその写真の私は、まるっきり少年で、ありえなく目つきが悪かった。

ひとしきり笑い終えた彼が、姿勢を正して仕切り直す。


「さて、有紀ちゃん。今日の君の誕生日、俺に祝わせてくれない?」


何だか悔しいので、素直には返事してやれない。


「・・・どうしてもっていうなら?」


なんて可愛くないんだろう。


「じゃぁ、祝わせてください。お姫様?」

「しょうがないなぁ。有紀って呼んでくれたら祝わせてあげよう。」

「誕生日おめでとう、有紀v」

「ありがとう、恭ちゃんv」





来年の誕生日も、笑顔であなたと。

過ごせそうな気がするよv








skyblueさまへ。

2周年おめでとう記念小説です!

2周年なので、主人公の年齢を22歳の誕生日設定にさせていただきました。

なんだか書いていて、由癸嬢の誕生日プレゼントにもなるような内容になりましたが・・・。

由ちゃん、2周年&誕生日おめでとう!!

本物のきょーちゃんといつまでもお幸せに!!!

駄文でかなり申し訳ないですが・・・お久し振り小説書き 鏡花でした。

本井 由癸嬢のみお持ち帰り可。