注文の多い料理店
二人の若い紳士が、すっかりイギリスの兵隊の恰好をして、ピカピカ光る鉄砲を担ぎ、
白熊のような犬を二匹つれて、大分山奥を木の葉をかさかさとさせて歩いておりました。
A「なんてこった。ここの山は最悪だ。鳥、獣の一匹もいやしない。」
B「なぁ、さっきの専門の鉄砲撃ちはどこへ行ってしまったのだろう・・・。」
A「なんだ、おまえ不安なのか?」
B「そういう訳じゃないんだが・・・。この犬たちもなんだか具合が悪そうだし。」
A「ん?そういえばそうだな。こうも山奥までくれば、気圧の変化もあるのだろう。
こいつらも、きっと慣れていないんだ。」
そうこう言っているうちに、その白熊のような犬が、二匹一緒に眩暈を起こして、
しばらく唸ると、泡を吐いて死んでしまいました。
B「いよいよなんだか、不吉な予感がするぞ?」
A「そうだな。腹も減ってきたし、戻ろうか。」
ところが、どうも困った事に、どっちへ行けば戻れるのか、
一向に見当がつかなくなってしまいました。
B「っておい!俺たちを迷わせる気か!!」
A「おい落ち着け!何に言ってるんだ!」
B「さっきから俺たちを監視している女にだよ!勝手に設定決めやがって!
俺たちが飢え死ににでもなったら、どう責任取る気だ!!」
A「なんなんだ?何言ってるんだよ!!ここには僕たちしかいやしないよ!!
女なんて、どこにいるっていうんだ!」
あらあら。とうとう壊れてしまったみたいですね。私の声が聞こえるなんて。
でも、私は監視しているわけではありませんよ?失礼な。
あなたたちの状況を、ただ的確に・・・。
B「うるさいうるさい!!インテリぶった喋り方するんじゃねぇ!
こっちが大変だって言うのに、落ち着いて話しやがって!イライラする!」
A「おい、何だか僕にも何か聞こえるんだがな。」
とにかく、落ち着きましょう。ジタバタしても、状況は一向に良くなりませんよ?
A「そうだ。とにかく、何か食べたい。」
道を探す事が先決なのでは?
B「いや、食べる事だ。」
しかし、この山には鳥も獣も居ないって・・・。
A「だが、僕たちはもう歩くのも疲れているんだ。とにかく、何か食べないと・・・。」
B「腹が減っては戦が出来んからな。」
そんなこと言っても・・・。
A「ん?なんだ?この建物は・・・。」
B「古い洋館みたいだな。」
二人がふと、後ろを見ますと、立派な一軒の西洋づくりの家が現れました。
そして、玄関には
猫「西洋料理店。ワイルドキャットハウスV山猫軒」
と、札が出ていました。
B「君、丁度いい。ここはこれでなかなか開けているみたいだ。中に入ろうじゃないか。」
A「何か食べられるみたいだしな。」
B「看板にそう書いてある。入ろう。俺はもう何か食べたくて倒れそうなんだ。」
しかし、こんな何も無い山奥に不自然ではありませんか。
A「固い事を言うなよ。君は腹なんて減っていないかもしれないが、僕たちは必死なんだ。」
そこまで言うなら止めませんが、どうなっても私は責任取りませんよ?
B「あぁ、はいはい。誰も君に責任なんて求めないよ。
そんなことより、君のその固い話し方を何とかしてくれ!」
そんなこと言われましても・・・。
とにかく、二人は玄関に立ちました。
玄関は、白い瀬戸のレンガで組んで、実に立派なものです。
そして、ガラスの引き戸があって、そこに金文字でこう書いてありました。
猫「どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません。」
二人はそこで、ひどく喜びました。
A「こいつはどうだ。やっぱり世の中は上手く出来てるねぇ。
今日一日、大変な思いをしたが、こんないいこともあるもんだ。
この家は、料理店だけれどもただでご馳走してくれるらしい。」
B「決して遠慮はいらんとは、そういうことだろう。」
世の中、そんなに甘くは無いと思うのですが・・・。【キィ・・・】
そして、彼らは戸を押して、中へ入りました。
そこは、すぐ廊下になっていて、そのガラス戸の裏側には金文字でこうなっていました。
猫「ことに、太ったお方や柔らかいお方は大歓迎いたします。」
A「君、僕らは大歓迎にあたっているようだ!」
B「そうだな。俺たちは、両方兼ねている。」
変な看板ですね。
そして、二人がどんどん廊下を歩いていくと、白い人影が飛びついてきました。
猫(かなり元気に)「いらっしゃいませぇVご主人様方!
私(わたくし)、案内人のカムパネルラと申しますぅ。
当店は、注文の多い料理店ですので、どうかそこはご承知願いますね?」
B「ミ・・・ミニマムな上に、テンション高ぇ〜;
なんだか有無を言わさぬ雰囲気だなおい。」
A「えっと、注文が多いとはここはなかなか流行っているんですね。こんな山の中なのに。」
猫「おかげさまで大繁盛ですVV」
B「あの、あれだ。東京の有名な料理屋だって、大通りには少ない。」
A「なるほど。隠れ家だな。」
二人を出迎えた店の案内人は、とても白い肌をしていて、
切れ長の目に緑がかった青い瞳をした少女でした。
猫「テーブルまでは、色々と準備がございますので次の部屋に行きましょう!」
A「部屋・・・?」
猫「そうです。失礼ですが、ご主人さま方の今の恰好では、とてもテーブルには・・・。」
B「そうか。ここは作法も厳しいのだな。山の中だと思って、見くびっていた。」
A「余程偉い人たちが度々くるのだろう。」
猫「ご理解いただきまして、ありがとうございます。」
なんか、胡散臭いですね・・・。
猫「それではこちらの部屋へ。」【ガチャ】
案内人が開けた扉の向こうには、小さな部屋があって、気付くと彼女がニコニコした顔で
彼らの隣に立ち、櫛と長い柄のついたブラシを差し出していました。
猫「そちらの鏡の前で髪を整えて、それから、ブーツの泥を落としてくださいませ。」
A「ほう。なんとも用意がいい。」
B「きっとサービスも良いに違いない。」
あのぅ・・・。気になっている事、聞いても宜しいでしょうか?
B「その話し方を何とかしてくれたらな。」
え!?えっとぉ・・・
き・・・気になってる事聞いてもいいかな?
A「よろしい。」
私の勘違いかもしれないのですけれども・・・。
あの案内人の方、気配がさっきから無さ過ぎるような気がするのです。
A「何をそんな。幽霊じゃあるまいし。」
B「おい。話し方が元に戻ってるぞ!」
ですが、彼女が現れた時、幾ら長い廊下だって同じフロアにいれば、
誰かがいる事に気付くと思うのです。
なんと言いますか、煙のように現れたというか・・・。
B「おい。無視するな!」
A「気にし過ぎだと僕は思うぞ?さっきから君はちょっと神経質過ぎる。」
B「だが、この話し方はどうもイライラする。」
A「いや、君の話ではなく・・・」
私の話ですよね?
やっぱり気にし過ぎですかね?ブラシを用意してくださった時も、
私は突然現れたように思ったもので・・・。
B「おい。揃いも揃って、俺を無視する気か!?」
A「単に僕たちがぼぅっとしていたのだろう。気にする事ないさ。」
B「おいってば!」
猫「お仕度、整いましたか?」
A「あ、はい。これでいいですか?」
猫「きゃ〜Vかっこいいですねっ!バッチリです!!それでは次の部屋へ行きましょう♪」【ガチャ】
B「(ため息)・・・。もういいよ・・・。俺なんて・・・俺なんて・・・。」
A「おい、何やってるんだ。行くぞ?」
次の部屋はまた、さっきまで有ったか無かったかというような場所に現れた
扉の向こうでした。
案内人は、そのドアを開けて、二人を招き入れました。
猫「それでは、ここでお荷物をお預かりいたしまっす♪よっこいしょ。」
彼女は、重いはずの大きな黒い鉄製の金庫をひょいと持ち上げて、
二人の前に差し出しました。【ドカン!】
A「こりゃまた、厳重そうな・・・。」
B「そんなにして貰うほどの物は持ち合わせてはいないよ?」
猫「いえ、大事なお客様の持ち物ですから。店長に厳しく言われてるんです。」
いやいや、誰か彼女が軽々これを持ち上げた事には触れないのですか?
A「君はずいぶん細かい事を気にするんだね。」
こ、細かい事??
だって、この金庫。軽くグランドピアノくらいはありますよ。重さ。
B「君。そんなんじゃ、きっと胃潰瘍になる日も遠くはないよ。」
体の心配までしてくださってますけど、私以外にまともな人間はいないんですか!?
猫「それでは、全部ここにしまいましたね?鉄砲も弾も、貴重品、帽子・・・。
あはっ☆可愛い財布ぅVV」
A「う・・・あぁ。これで全部だ。」
猫「いいですね!どこで買ったんですか?ウサギ柄。あ、いけない。
お客様のプライベートに立ち入ってはいけませんね。それでは次の部屋に・・・。」
B「まだ部屋があるのか!?早く、テーブルに着きたい。
本当に俺たちは腹が減って仕方が無いんだ。」
猫「申し訳ございません。まだ、準備に時間がいるんです・・・(しょぼん)。」
A「まぁ、気長にいこうじゃないか。」
やっぱり、色々と腑に落ちないんですけども・・・。
B「何だ。また何かあるのか!?」
だって、こんなのおかしいですよ。こんな沢山扉があったり、案内人も若すぎる・・・。
A「それが、ここのデザインなのかもしれない。本当に心配症だな。君は。」
猫「それでは、こちらです。」【ガチャ】
次の青い扉を、案内人が開けた瞬間、その扉に吸い込まれるような勢いの風が
どっと吹いて、三人の足が不意に宙に浮きました。
不思議な声「銀河ステーション、銀河ステーション・・・」
A「な、何だ?」
B「す、吸い込まれるぞ??」
二人の体は、足の方からズルズルとその先が真っ暗な扉の向こうに引き摺られてゆきます。
その時・・・【大きな音・ばたん】
A/B「ぐはっ!」【ゴンッ!】
あ。扉が突然閉まってしまったので、二人ともドアに激突してしまったようですね・・・。
気の毒に・・・。
猫「し、・・・。」
A(情けない声で)「し?」
猫「失礼しましたぁ!どうも扉を間違えてしまったみたいで・・・。
お怪我ありませんでした?」
B「どうもこうも、鼻の頭をブツけてしまったようだよ。まったく・・・。」
猫「本当に申し訳ありません〜!」
A「それにしても何だったんだ?今のは・・・」
宇宙ステーションみたいでしたね・・・。すごいですね。
ここは宇宙とも繋がっているんでしょうか?わくわく。
・・・と、言う事は異空間に繋がっている可能性も・・・。
B「ないない!そんなお伽話的なことは!」
ですが、今実際に・・・。
B「さぁ、次の部屋へ案内してくれ!!」
猫「か、かしこまりました。こちらです。」【ガチャ】
次の部屋は・・・。
小さな部屋の真ん中に、可愛らしいテーブルがちょこんと置かれていました。
あれ?テーブルの上にあるのって・・・。
A「ガムテープだな。」
ガムテープですね。
B「ガムテープだろう。」
猫「ガムテープです。」
A/B「何故?」
猫「いえいえ、言い間違えました。脱毛テープです。」
A「は?」
B「なんの為に?」
猫「夏ですからV」
何だか余計に訳がわからなくなってきましたね・・・。
猫「さぁ、お客様。その腕、脚、背中に至るまで全て脱毛してくださいませ!」
A「何を考えているんだ!!僕たちは男だぞ?」
B「大体食事と関係ないじゃないか!!」
猫「ここの店のものは、潔癖で汚いのは嫌いなんです。」
A「意味が分からん!!やってられるか!!」
猫「私(わたくし)がお手伝いさせていただきますので・・・。ご遠慮なさらずにぃん。」
B「遠慮なんてしていない!!ふざけるな!」
(ぼそっ)でもなんだか面白そう・・・。
A「おい!おまえ!どっちの味方なんだ!?」
・・・。あなた方の?
B「今の間は何なんだ!んで疑問形かよ!!て、おい!勝手に貼るな!!女!!」
猫「カムパネルラです。さて、出来た。せーの!」【ビリビリビリビリ!】
A/B「ふぎゃーーーーー!!!」
二人が目を覚ますと、先程とはまた違う部屋にいました。
B(死にそうな声で)「お、おい・・・状況を説明してくれ・・・」
A(同じく)「僕たちは一体どうなったんだ?」
腕も脚もツルツルになったお二人は、あの細腕のおちびちゃんに担がれて、次の部屋に。
そこで、バラの入ったお風呂に入れられ、そして又次の部屋で、化粧水や乳液などの
基礎化粧品を塗りたくられ、まだ目が覚めないので、この部屋で服を着せられ、
特殊メイクを施されました。
A「特殊メイクぅ?何なんだ?それは。」
B「俺たちは西洋料理を食べに来たはずだ。なのに、何故エステされねばならんのか・・・。」
見学は楽しかったですよ?
それら全てあの、白くて細い案内人の方がお一人で二人ほぼ同時進行で
作業されたんですから。
ありえない力持ちな上、仕事が速くていらっしゃる・・・。仕上がりは完璧。さすがプロ!
B「感心してる場合じゃない!!おかしいぞ?このレストラン!!」
A「そうだ。おかしい。あの銀河ステーションあたりから、どうもおかしい。」
何を今更。わたしは、この建物に入る前からおかしいと申しておりましたのに・・・。
A「と、とにかくここを出よう。逃げなくちゃ。次は何をされるか分かったもんじゃない。」
B「そ、そうだな。
あの、カムパネルラとか言う女が戻ってくる前にここから脱出しなくては・・・!」
ですが・・・。その顔で外に出るんですか?
お二人とも完全な特殊メイクをされているんですよ?
B「な・・・!これではまるで妖怪ではないか!!」
A「どういう事なんだ!?まったく原型が無いじゃないか!!」
私の勘なんですけれども・・・。次の部屋がきっと最後なのではないでしょうか?
A「とにかく、元来た道へ!!」【ガチャ】【ゴォー!!!】
不思議な声「銀河ステーション、銀河ステーション・・・」
B「ちょっと待て!!まずいぞ!ここは!!引き摺りこまれる!!」
A「そんなばかな!!」
B「とりあえず閉めろ!!」【バタン。】(A/Bはぁはぁはぁ・・・)
だから言ったのに・・・。どうなっても知らないって。
B(まだ息が整わない)「約束通り君に責任は問わねーよ!」
A(同じく)「しかしなんとかしてここから・・・!」
猫(悪)「それは無理ですわ。お客様。」
B「!!おまえ!!さっきとキャラ違うじゃねーか!!
そんなミニマムな見た目可愛いやつが、いきなり悪役面しても怖くねーよ!バーカ!!」
猫「うわ〜ん!!バカって言うなぁ!バカって言った方がバカなんだぞ!?
おまえらなんてなぁ!おまえらなんてなぁ!!」
A「どういうつもりだ!?僕たちをこんな所に閉じ込めて!」
猫「この先の扉の鍵穴から中を覗いてみなさいよ!!
私(わたくし)たちの怖さ思い知らせてやる!!」
な、何があるんでしょう一体・・・。
二人は案内人に言われた通り、
今開けた銀河ステーションに繋がる扉の対角線上にある銀の扉に近づきました。
鍵穴の向こうは真っ暗で、キラキラ光る眼がぎょろぎょろとたくさん蠢いています。
A(腰が抜ける)「あ・・・」
B「ば・・・化け物・・・!!」
A「ま・・・まさか・・・僕たちの体を綺麗にしたのは、食べる為なんじゃぁ・・・」
B「ここは、料理を食べさせてくれる所ではなくて、客を料理にする所・・・!?」
(驚)あらまぁ。
猫「ふっふっふっふっふ。そんな単純なものではございませんことよ!
お客様には大いに楽しんでいただく為、当店はゲーム形式になってございます。
この扉の向こうには、もちろん本物の妖怪もいますが、あなた方のように妖怪の恰好を
しているだけの、お客様もいらっしゃいます。
24時間、本物の妖怪から食べられる事無く、逃げ切れば、
無事に帰して差し上げましょう。妖怪バトルロワイヤルみたいなものですよ。
楽しそうでしょう?おーっほほほほ!」
B「ふざけるな!こっちは腹が減っているからここに来たんだ!
こんな状態でしかも化け物から逃げ切れるわけがないだろう!」
A「そもそも、何で化け物がこんなにいるのかわからん!!お前は何者なんだ!?」
猫「私(わたくし)も妖怪ですわ。化け猫なんです。怖いでしょう?」
怖いかどうかは別として、案内人は砂のようにサラサラと消えて、
今度は真っ白な狐のような猫の姿になりました。【鈴の音】
猫「妖怪にあなた方が捕まったのは、夏だから仕方ないんです。」
そして、この紳士たちがこの後どうなったのかは、私は知る由もありません。
人の親切な助言は聞いた方が身の為なのです。

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