赤ずきん
昔々・・・かどうかはわかりませんが、あるところに、小さな可愛い少女がおりました。
目に入れても痛くない程可愛がっていた、そのこのおばあさんはある時、
この少女に赤いビロードの頭巾をやりました。
それがまた、とてもよく似合い、少女自身もその頭巾の他のものは、何も被ろうとしないくらい
気に入っていたので、その子は「赤ずきんちゃん」と呼ばれていました。
少女は小さな可愛らしい家に、料理・洗濯・裁縫がトコトン出来ない、
いつもぼんやり、やんわりした母親と二人で住んでいました。
母親は優しく、とてもいい人でしたが、包丁を握らせれば血を吹き、パニックになり、
洗濯をさせれば色染めをし、水浸し。
針を持たせれば、ミシンを再起不能にしたり、布を七夕飾りのようにしてしまったりという始末で、
必然的に少女は家事のプロフェッショナルになっていました。
赤「いい!ママはここでじっとしてて!私が全部するから!!」
そんなある日、あの頭巾を作ってくれたおばあさんが病気で寝込んでいると聞きました。
赤「大変!おばあちゃん、一人暮らしなのに看病する人いないじゃないっ!
ママ!私おばあちゃんちに、パンと果物とぶどう酒を持っていくから、
二日間程一人でお留守番出来る?」
お留守番出来る?ってどっちが子どもだかわかりませんね・・・。
赤「誰か来ても直ぐにドアを開けちゃダメよ?
それから、出かける時と寝る時はきちんと戸締りする事!
ガスの元栓、火の元にはくれぐれも注意してね?
今日の昼と夜、明日のランチは冷蔵庫に手紙と一緒に入ってるから、きちんと読んで食べる事。
いい?じゃぁ、私行って来るから!」
う〜ん。彼女が心配症なのか、母親がよほど危なっかしい人なのかは測りかねますが、
赤ずきんちゃんはそんな調子で出掛けて行きました。本当、しっかり者ですね。
赤「ママってば私が居なくて大丈夫かしら?
でもおばあちゃんも心配だし・・・言っちゃ悪いけど、もう年だものね。」
ブツブツ言いながら歩いていると、可愛い彼女の背後に背の高い影が。
なんだか付いて来ているようですが・・・心配ですね・・・。
あら?赤ずきんちゃんの歩みが止まりました。
赤「誰なの?用があるなら、コソコソしてないで出てきなさいよ。このストーカー!!」
振り向かずに、彼女はそう叫びました。逞しいですね。心配は無用なようです。
オ「ストーカーとは失礼だな。落し物したから届けてやったのに。」
赤「落し物?」
彼女が振り返ると、そこには一人の背の高い、頭に耳のはえた男が立っていました。
オ「これ、君のじゃないの?」
赤「あ!おばあちゃんからもらったお守り!」
赤ずきんちゃんは彼が差し出したお守りに手を伸ばしました。
しかし、それは無常にも空をきりました。
オ「お礼は?」
赤「え?」
オ「お礼してくれないと返さない。」
赤「あ、失礼しました。届けてくれて有り難う。」
オ「人のことストーカー扱いしといて・・・」
赤(慌てて)「ご、ごめんなさい!」
ところが、彼は返してくれません。
赤「何よ。お礼に踊れっていうの?森のくまさんじゃあるまいし。」
オ「言うだけじゃ足りないよ。落し物拾ったら、一割。コレ、社会の常識。」
赤「流さないでつっこみなさいよ!はぁ。だいたいあなたも相当ね。
お守りに一割も二割もないでしょう?訳わかんないし。」
オ「でも、拾ったもん。」
赤「だからお礼言ってるじゃない。ほんとに踊ろうか?」
オ「それ、単に君が踊りたいだけでしょ?なんかお礼に頂戴!」
赤「ヤ。」
オ「ケチ。」
赤「恩着せがましいわね。私そんなに暇じゃないの。おばあちゃんちに行かなくちゃいけないんだから」
オ「何で?」
赤「何でって・・・あなたに関係ないでしょう!?」
オ「お守り・・・どうなってもいいのかな?」
赤「病気だから!お見舞い!だから早く返して!」
赤ずきんちゃんは男からお守りを取り上げようとしました。
ところがそこで、妙な違和感を感じました。
そうです。このお守りがここにあるわけが無いのです。
だって、それは出掛けにおかあさんに何事もないよう、手渡して来たのですから。
赤「・・・。やっぱいらない。さよなら!」
オ「いらないって!?え?何で??」
赤「だって、本物のお守りは私の家でママが持ってるんだもの。」
オ「だからこれは偽物だって?」
赤「そうよ。私を騙してどうするつもりかしらないけど、前言撤回!
付いて来ないで!ストーカーさん!」
赤ずきんちゃんはそう言うと、彼の足を思いっきり踏んで、スタスタと行ってしまいました。
オ「せっかく拾ってあげたのに、パンの一つもくれないどころか、人のことをストーカー呼ばわり。
仕方ない・・・。(声を低くして)おしおきしなくっちゃぁね。」
そういうと、男は彼女のおばあさんの家へ、獣道を通り、近道をしました。
おしおきって何なのでしょうか・・・恐ろしいですね・・・
オ「コンコンコン。おばあちゃん、ご機嫌いかが?」
ば「おや?誰だい?」
オ「赤ずきんの友達なんですけどー。
おばあちゃん、ご病気だって聞いて・・・お見舞いに来ました!」
ば「おやまぁ。赤ずきんの。どうぞどうぞお入りなさいな。
私はすっかり弱ってしまってベッドから起きられないんだよ。」
オ「おじゃましまぁす!」
家の中に入ってきた少女の友達と名乗る者を見て、おばあさんは目を丸くしました。
小さな可愛らしい少女の友達とはとても思えないような長身の男が
自分をニヤリとした表情で見下ろしているのです。
彼は何をするつもりなのでしょうか!?
おばあさん!早く逃げて!って、起き上がれないんでしたね。
どうしましょう!?私じゃ何もできませんわ!誰か助けて!!
ば「その耳は・・・まさかあんた・・・。」
オ「さすがだな。ばーさん。年の功ってやつ?そうだ。俺は狼だ。」
(大声)な、何ですってーーーー!!!
ば「やはり・・・。赤ずきんに何をした・・・?」
オ「安心しな。まだ何もしてねーよ。それよりばーさん、自分の心配したら?」
ば「こんな死に掛けばばあ食べても、腹壊すだけだよ?」
オ「ま、腹の足しにはなんだろ。あんたの娘も美味かったぜ?」
ば「何だって!?」
オ「さぁ。そろそろ赤ずきんが来る。おしゃべりはここまでだ。」
そういうと狼男はみるみるうちに毛むくじゃらの狼になり、
おばあさんをペロリと一飲みにしてしまいました。
た、大変です!お腹・・・壊しませんかね?
ってそうじゃなくって!あかずきんちゃん!来ちゃダメですぅぅぅぅ!
狼はそのままおばあさんの服を着て、ずきんを被り、
おばあさんがさっきまで横になっていたベッドに潜り込んで、ベッドの前のカーテンを引きました。
一方、赤ずきんちゃんはといいますと、さっきの男のことを思い出しては腹を立て、
足を踏み鳴らして歩いていました。
赤「大切なものを使って人を騙すなんて最低!どんな教育受けて育ってきたのかしら。
いい大人になって!まったくもう!」
猟「あれ?君は赤ずきんちゃん?」
赤「(ため息)・・・又なんか出てきた・・・。
キャッチセールスも、ナンパも只今受け付けておりませんが。」
猟「あはは。面白いコだな。おばあさんの言ったとおりだ。」
赤「おばあちゃんの事知ってるの?」
赤ずきんちゃんは足を止め、猟師と思われるお兄さんの方を見ました。
猟「知っているさ。君のおばあさんの家はボクの家の近くでね?
よくお話をしたり、ご飯を食べさせてもらったりとお世話になっているんだよ?」
赤「あの〜。それって、本当にお世話されてるんですか?
うちのおばあちゃんの方がお世話になってるんじゃ・・・。」
猟「いやいや。本当に助かってるんだよ。ボクは料理が下手だからね。
そして、自慢のお孫さんの話をよく聞いていたんだよ。」
赤「私の?」
猟「そうなんだ。本当に赤いずきんがよく似合ってるんだね。
すぐに君だってわかったよ。想像していた通りのコでよかった。」
赤「想像通りって・・・?」
猟「いや、想像していたより可愛くてビックリだ。」
げ。何なんですか。この気障男は。
砂吐きそう・・・。さっきの男より怪しいですよ。
赤ずきんちゃん、そんな男に引っかかってないで、早くおばあさんちに行きましょうよ。
赤「やだぁ。そんな可愛いだなんてぇ」(テレテレ)
ダメだこりゃ。
猟「これから、おばあさんちに行くの?今おばあさん、ベッドから出られないみたいで・・・
心配だよね。ボクもお昼頃に顔を見に行くつもりでいるけど・・・」
赤「そうなんです。よかったら、私昼食作るつもりなんで、ランチ一緒にしましょう?」
猟「それはありがたい。是非伺うよ。それじゃあボクは仕事に戻るから。気をつけて行ってね?
この辺は最近、狼が出るから・・・。」
赤「有り難うございます。では、また後ほど。」
さっきの不機嫌はどこへやら。赤ずきんちゃんはスキップをしながら、おばあさんの家に向かいました。
何が「狼に気をつけて。」だ。自分が一番狼なんじゃないの?猟師さん。
♪男は狼なの〜よ〜気をつけなさ〜い〜♪
で。家に来てみると、戸が開けっ放しになっているので、彼女は不審に思いました。
用心深く、部屋に入って行きますと、部屋の中の雰囲気に違和感を感じました。
赤「なんだろう・・・。変な感じ。いつもはもっとワクワクするのに、今日はなんだか怖い。
と、とにかく挨拶しなくちゃぁ!」
赤ずきんちゃんは気を取り直して、大きく深呼吸しました。
赤「おばあちゃん!こんにちは!」
ところが、返事がありません。
そこで、ベッドの方に近寄り、カーテン越しに中を見ました。
赤「おばあちゃん・・・寝てるの?」
おばあさんの影は、ずきんを目深に被り、布団を被り込んでなんだか様子がとっても変でした。
赤「おばあちゃん・・・ここ開けるよ?いい?」
赤ずきんがカーテンを開けようとすると、大きな手が中から伸びてきて、
それを静止させました。
赤「ひゃっ!お、おばあちゃんってこんなに手、大きかったっけ??」
オ「気のせい、気のせい。」
赤「な、なんだ・・・。起きてるんじゃない。でも何だか声もいつもより低くない?」
オ「気のせい、気のせい。」
赤「(疑)・・・。ねぇ、あなたもしかしておばあちゃんの作ってくれたお守り持ってたりする?」
オ「気のせい、気のせい・・・ん?何の話だ?」
赤「ねぇ、もしかして、落し物拾ったら一割もらえるって社会の常識だと思ってない?」
オ「だから、何の話・・・」
赤「ねぇ、もしかして、ここに来る途中で、すっごく可愛い女の子に会ったりしてない?」
オ「自分でいうな!!」
狼は思わず起き上がり、カーテンを開けました。
赤(じとっと)「・・・。やっぱり。」
オ「あ。しまった。」
赤「とんだお間抜けね。本当にストーカーだったなんて・・・。」
オ「ちょっと今食べたところで、胃もたれの可能性があるが、そんなことも言ってられない。
仕方ない。いただくか。」
赤「は?戴くって何を・・・」
きゃー!大変!逃げて!逃げるのよ、赤ずきん!!あれ?何で声が届かないの??
京華の脚本は、ナレーターと登場人物が会話出来るって設定のはずでは!?
そういえば、話が始まってから一度も会話してないわっ!
どうして今回に限って、普通のナレーターなのよぉっ!
何考えてるのよ!どうにかしなさいよ!このままじゃ、赤ずきんがっ!
え?回線?切れてるんですか?本当だったら聞こえるはず?
どういうこと?故障なの?そうなの?
あ、本当だわ!マイクの回線が切れてる!
これのせいで向こうの会話は聞こえるのに、私の声はまるっきり届いてないのね?
ちょっと修理しなさいよ。
あ、こんなこと言ってる間に!?赤ずきんはどこ??
オ「あー。美味かった。やっぱり若い肉の方がプリプリしてて美味い。」
ば「悪かったね。しおしおで。」
オ「ん?」
あぁぁ。ちょっと、あなたのせいで赤ずきん、食べられちゃったじゃないの!
責任取りなさいよね!!回線さえ繋がっていれば・・・(ため息)
あれ?どうやら狼さん。お腹が一杯で、ベッドに横になったようですね。
ん?何か聞こえる・・・?
赤(驚)「ママ!?なんでここにいるの!?」
どうやら、狼さんのお腹の中のようです。
ば「私がここに着た時にはもう居たのよ。
どうやら、赤ずきんが家を出たすぐ後に、狼が訪ねて来て丸呑みにされたようだねぇ。」
そういえば、言い忘れていましたが、おかあさんは赤ずきんちゃんが出掛けた直ぐ後に、
「トントントン。赤ずきんですよ。」という声で、うっかり扉を開けてしまったのです。
赤「何それ!?ありえない!そんなのに普通騙される?
七匹の子ヤギたちの方がお利口よ。出掛けたばかりの私が直ぐに帰ってくるわけないでしょう?」
あれ?もしかして私の声、聞こえてます?
赤「そういえば、普通に答えちゃったけど・・・。声だけのあなたは誰?」
よかった!会話が出来る神話(?)は復活ですね!
あなたが繋げてくださったの?ありがとう。
だけど今頃繋がっても遅いのよね。
赤「そして誰と話してんの??」
あ、お気になさらないで?私の事は気にせず、お話を続けてください。
赤「え?あ、そう?じゃぁ、続けるけど、
私があんなに何度も誰か来ても直ぐにドアを開けちゃダメって言ったのに、
どうして相手が誰かも確認せずにドア開けちゃったの?ママ」
マ「・・・」
赤「何とか言いなさいよ!!どうしてママはいつもいつも・・・」
ば「まぁまぁ、赤ずきん。今は言い争っていても仕方ないよ。
どうにかしてここから出ないと。」
そうです。でないと、だんだんと消化されてしまいますよ?
まだ、丸呑みにされてよかったですね。
もし、食いちぎられ・・・
赤「それ以上言わないで!!寒気がするから!!」
失礼しました。
赤「あれ?ママがここに居るってことは、狼が届けに来たお守りって本物だったの!?
騙したとかストーカーとか悪い事言っちゃった・・・。」
そんな風に思う必要ないですよ。実際あなたは彼のお腹の中なんですから。
それよりも早く脱出しなくっちゃ!
赤「あ、それは大丈夫。猟師のお兄さんがそろそろ来るはずだから。
彼なら、今のこの状況を不審に思って、私たちに気付いてくれるはずだわ。
ここに来るのがママだったら絶望的だったかもしれないけれど・・・。」
まぁまぁ、そう言わないで。彼が来たら、私が状況を説明しますよ。
あ、噂をすれば・・・
猟「こんにちは。あれ?誰も居ないのか?」
猟師さん!いい所に来てくれました!
猟「うおっ!びっくりした!」
驚かせて申し訳ないです。驚くのも無理ないですよね。私の姿は見えないんですから。
赤ずきんちゃんのように自然に受け入れて返事する方がどうかしています。
赤「もう!無駄な事言ってないで、早く説明して助けてよ!」
あぁ、そうでしたね。状況を見ていただければ分かると思うのですが、
実はおばあさんのベッドに狼が寝ておりまして・・・。
猟「なんだって!?あぁ!とうとう見つけたぞ!この女性ばかりを狙うナンパ野郎め!
ボクはお前をさんっざん探していたんだぞ!」
あぁっ!待ってください!銃を構えないで!
狼のお腹の中には、赤ずきんちゃんと、彼女のおばあさんと、おかあさんがいるの!
今のうちなら、まだ間に合います。三人を助けてあげてください。
猟「よぅし!わかった。ボクにまかせなさい!」
猟師さんは、棚にあった裁ちばさみを手にすると、狼のお腹をジョキジョキと裁ってゆきました。
あぁ、あなたが居て本当によかった。気障男とか、狼だなんて言ってごめんなさい。
猟「へ?何か・・・」
いいえ!
赤「きゃぁー!やっと外だぁ!中って真っ暗なんだもの。目がチカチカしちゃう。
猟師さん。助けてくれてありがとうございました!お礼に結婚してください!」
はい?何でそんな話に・・・。訳が分からないわ?どうしてそうなるの?
そんなのに応える人が居るわけ・・・
猟「はい。喜んで。」
はあぁ?ありえない。変なカップル・・・
ば「何やってるの!?そこの二人!早く、腹に石を詰めるの手伝って!」
赤・猟「は、はい!」
元気だな・・・。おばあちゃん・・・。
四人は裏庭に花壇用に積んでいた、大きな石を大急ぎで狼の空っぽになった腹の中に詰め込み、
いっぱいにしました。
狼は目覚め、顔を洗おうと井戸へ向かいました。
寝ぼけている彼は、お腹が少しも消化されていないことにまったく気付きませんでした。
赤「ばいばい。ストーカーさんV」
それから狼がどうなったかは、皆さんお分かりですよね?
そして、赤ずきんと猟師がどうなったのかも・・・V
赤「教訓。幸せになるためには、ナンパでも、良い男と悪い男を見分ける能力が必要。
特に可愛い女の子はねV」
END

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